通信54号 あやかちゃんは小学4年生。私の店のすぐ隣りに住んでいて、最近ちかくのマンションに引っ越しました。 このマンションに出前に行くと必ず声をかけてきます。 ある日"入賞したの"と遠くから走ってきました。 ”そうか体育か音楽かな"と私。 "何言ってるの。妊娠したって言ってるのよ” ”エエッ"思わず少女の顔とお腹をみました。 ”レントゲン撮ったら三つ子なんだって” そうか、あやかちゃんのお母さんの事か、納得した私は"大変だね、三人のお姉さんになって"と励まします。 ”ソウナノ、エサ代もかかるし、それで売る事にしたの” ”大人をからかっちゃダメだよ。人間の赤ちゃんを売ったりできないんだよ” ”おじさん少し変じゃない。ウチの犬のことよ”
通信48号 出前を届けました。 『子供が風邪を引いて何も食べたくないっていうの。何か食べなくては治りませんよ、と無理やり聞きましたら、ラーメンなら食べれる、っていうの。 それもおじさんのラーメンしか食べないっていうんですよ』 翌日一人のお年寄りが店に来ました。 『私は脂っこいものは苦手で、おソバ党なんだけど、風邪を引いて何も食べたく無いのに、昨日孫はお宅のラーメンだけはたべたんです』 具合が悪くても食べられるラーメンが気になって、やっと歩いてきたといいます。
通信47号 『私、ラーメンが好きじゃないんです。あのベトベトしたラードこってりのスープ、味の素に頼った風味の無いしょっぱさが嫌いです』 カウンター越しに話しかけてきます。 『無理やりつれてこられたんです。この方があまりにも薦めるものですから』と仕方なく口をつけました。 おいしくないラーメンを食べてきた彼女の言い分はもっともです。話に花が咲きました。 話が一段落し、お互いにフト気づくとドンブリの中はカラッポでした。
通信46号 永井滋氏は、H6〜8年にかけて東京からわざわざ北海道までラーメンを食べに来ました。 その数は180店。事前に調査した上の事です。そして19店を特選しました。私の店がその中に入っていました。 以下は、氏のラーメン道中記から抜粋です。 1 札幌では中央区についで豊平区のラーメン店がレベルが高い 2 かってのように、ラードと調味料がきつく、しょっぱいだけの味は 消えおいしくなったが、入れ替わりが激しい。 3 札幌では旭川ラーメンが急成長している。 特に和知(旧旭川ラーメン月寒』のような店が注目される。 4 汚いけれどうまいとか、横柄だけどうまいといった店はない。 頂いた冊子にはこうしたことが細かく記されていました。
通信29号 札幌では業者から、スープや元ダレを買っている店が増えています。これでは防腐剤や化学調味料の味が残ります。 自家製スープの店でも継ぎ足しをする店がほとんどです。スープの残り具合で味は変わります。 当店ではこうした事はありません。24時間じっくり煮込みます。化学調味料やラードをたっぷり入れて食感をマヒさせることもしません。 少しあっさりしているように感じますが、コクと深みがあり,最後までスープを飲み干せます。 トンコツやトリガラ、海藻、野菜などは煮込む時間が違います。長く煮込むと味が変わったり風味が消える素材もあります。短すぎると味が出ないばかりかナマくささが出るものもあります。 これらを上手に調整します。アクをとり丹念に仕込みます。14年間毎日食べても飽きない味、これが当店のスープです。
通信28号 辛さを出すには、元ダレにラー油とか豆板醤、唐辛子などを入れます。 これではただ辛いだけでうまさは出ないのです。 当店では、岡崎や津軽、札幌などから赤味噌を仕入れブレンドし,味噌そのもののうまさを引き出しながら辛さを出します。 辛みそのほかに薬膳味噌、白味噌、赤味噌などいろいろ工夫しました。今は、赤味噌と辛みそ3タイプですが、一番人気は塩ラーメンです。
通信28号 とろけるチャーシュウ チャーシュウは、モモ肉、カタロース、ばら肉などをつかいます。 FCに加盟していたころは、本部ではモモ肉を使っていましたが、硬いのです。 もっとおいしいラーメンを作りたいと思い本部からはずれました。その時からカタロースを使いました。道産のナマで最高品質です。 バラ肉もおいしいのですが、脂身が多すぎます。そこで工夫して、肉と脂身を渦巻状にローリングしたのです。 柔らかくてトロリとしたチャーシュウができました。
通信25号 おいしいラーメン店の見分け方 1 ビルに入っていない店 2 表にサンプルが無い店 3 夫婦など家族でやっている店 4 店主が切り盛りできる小さな店 5 清潔感の有る店 6 業務用ではなく自店でスープを作っている店 7 スープを継ぎ足ししない店 8 メン湯でがまでメンを泳がせている店 9 化学調味料に頼らない店 10 料理に造詣が深い店
通信18号 孫のため 高校を中退した若者が、父親とうまく行かず、横浜から祖父母のいる札幌にやってきました。 学校に行かないと言うので仕事をさせたのですが長続きしません。 "きちんと働いて帰ってきたら好きなラーメンを頼んであげる"そういったら、真面目に働きだしたそうです。 "そんなわけで一人前なんだが出前してもらえるだろうか"老夫婦が尋ねてきました。 出前が続くと、老夫婦の喜ぶ顔に出会いこちらも嬉しくなります。
通信18号ーグルメ特捜班 道内ラーメン専門店から選ばれた 全道2040店、札幌900店の中から100店舗が特選されました。お客様の情報を元に、スタップが食べ歩いて確かめた店です。 札幌では28店のみです。当店はその中に入りました。推薦していただいたお客様に心からお礼を申し上げます。
通信17号 レジ 『前回来たときに、大盛ラーメンを食べたのにその分をお支払いしていませんでした。今日はその分も払いに来ました。』 そういって百円をプラスしておいていかれたお客さまがいらっしゃいました。 商売をしているといろんなトラブルに出会うとよく言われます。 "虫が入っていた""つり銭が少ない""注文が違う"などといって、お金を払わない人がいるというのです。 ありがたい事に、このようなことは当店ではまったく無いのです。 素晴らしいお客様と出会えてありがたい思いです。
通信17号ー北海道新聞より 大のラーメン党 店主は大のラーメン党。道内はもとより、喜多方、博多、など出張のたびに全国のラーメンを食べ歩いてきた。 スープをスーッと飲み干せる味を捜し求めていた。そして漸くその味に出会い脱サラした。 それは中華に和風のダシを加えた旭川ラーメンだ。コンブや煮干をトンコツやトリガラあわせる事で不思議な深みとうまさがます。 その味に出会い、その場でラーメン店をすることを決意した。
通信17号ー『日刊スポーツ』より 平成6年にオープンして人気沸騰したこの店は、一年二ヶ月たってもいまだに客が列を成している。 この店のスープは濃厚で、野菜の甘さだけではなく、魚のダシにうまさの特徴がある。
通信16号 生業(なりわい) 『商売とは、人の心の美しさを出し尽くす生業です。一人でも新しいお客という友人を作る事です』 『金さえ儲かればよい、そう思ってアクセクとすごしてしまってはいないだろうか。 何がしかの生計を得たいばかりに、ペコペコと頭を下げ、うわべだけの笑顔を作っていないだろうか。 もし商売というものが、人間の誠実さ、美しさ、温かかさをいけにえとして、わずかのゼニをつかむものであるなら、今日を限りそんな恥ずかしい商売は止めてしまおうよ』 岡田徹
通信16号 商人の姿 『一人のお客の喜びのために 誠実を尽くし 一人のお客の生活を守るために 利害を忘れる その 人間としての美しさをこそ わが小売店経営の 姿としたい』 岡田徹
通信15号 おにぎりありがとう 閉店の片付けをしていました。高校生が6人歩いています。部活の帰りなのか疲れた顔をしています。 メン湯でのお湯がもうなかったので、おにぎりをサービスしました。 数日後、その一人が家族連れで食べにきました。 ”息子がお世話になりました。お礼に恵庭市からやってきました”
通信15号 ラーメンのために動かない 『北区から40分かけて食べにくるのよ。平日は、このお店のすぐ近くに勤めているから楽なの。 この間、転勤しないかといわれたの、でもそうなったらここのラーメンと遠くなるからって断っちゃった。 もしどうしてもといわれたら、おじさんの店の近くに仕事先を見つけようと真剣に考えたのよ』
通信13号 開店一年を迎えました 開店1年後 60% 開店3年後 40% 開店5年後 15% 開店10年後 5% 開店30年後 2% 開店50年後 0.7% 開店100年後0.03% 起業者の成功の確率です。私は起業して15年目を迎えます。100社のうちの5社に残りました。 成功哲学のおかげです。
通信10−−荻窪のラーメン 春木屋、丸福、間珍亭など行列のできるラーメンやがずらりと並ぶ荻窪界隈。札幌の味を知っている私にとっては、それほどでもありませんが、マスコミのせいもあり人気が凄いのです。 丸福はこの店に行ったすぐ後にも新聞に大きく載りました。脱税額3億円という記事です。5年間で半分の売り上げを脱税したとすると一日の売り上げは660食になります。カウンターだけの20人くらいの店がです。
居酒屋で飲んでいました。 『お客さん、どんなものにも名前の由来があるんだが、これ、このカレイとタラ、タコの名前のいわれ知っているかい』隣の客が話しかけてきました。 『昔、平安時代のことだが、漁師の夫婦がいたんだ。妻に薪を取ってきてといわれた夫は、途中で仲間の家により、ばくちやら酒を飲んで用事をすっかり忘れてしまったのさ。 気がつけばもう夜中。女房にしかられるべなー、と思って物置を見ると朝取った魚があったんだ。それを妻に渡したんだよ 『こんな湿った生木なんかもやせるわけないべさ』妻はカンカンです。 『オーオーそうか、そんじゃ外に出して枯れたら焚くべか。しかし魚だって名前が無くちゃ不便でしょうがないな。ウーン、そうか枯れたら焚こ、カレイ、タラ、タコって名前にすんべか』
通信10号 京都のお寺 社員教育で全国を回っていところ、京都に何度も行きました。 知人が寂庵が一番いいといいます。修学旅行で行ったり、旅の本に出てくる名所、観光地ではないのです。 瀬戸内晴美さんのイメージは自分の中では芳しくありません。仕方なく行きました。まだあまり知られていないころで、人もまばらです。 『寂庵説法』とか『生死長夜』などを買い求め、休憩室で読みました。自由奔放とか不倫、破天荒など悪いイメージしか持っていない私でした。 ところがまったく違いました。人間の持つ悩みや苦悩を正面から捉え、ひたむきに生きる姿がそこにありました。 死を自覚して今日という一日を真剣に生きる事の大切さを語りかけています。 山科の一燈園と嵐山の寂庵が一番好きな京都になりました。
通信10号 ピンクの道 出前の途中でした。対面側の道路がピンクに染まっているのです。だれかがいたずらをして、スプレーでも吹き付けたのかと思いました。 この帰り道車を降りて点検しました。近づいててみると、それは桜の花びらのじゅうたんでした。 車でその上を踏みにじる気になれなくて迂回して帰りました。 (今、ちょうどその季節。我が家の庭も、歩く散歩道も花が咲き始めとても美しい季節です。
通信10号 遠方からの客 出前から戻ってきました。 「こちらのお客様は遠くからいらっしゃったんですよ」と社員が紹介してくれました。 「ありがとうございます。東京や京都からお見えになる方もいらっしゃいます。どちらからお越しですか」 「イイエ、もっと遠いんです、パリから昨日来ました。ラーメンが食べたくて、でもおいしくない味にあたったら最悪です。二杯も食べられませんから。あちこち聞きまわってここが一番ですよ、そういわれてきたんです。二時間も聞きまわりました。おかげで本当においしいラーメンと出会いました」
通信9号より 『ラーメン大好き』の著者ーー加藤裕三氏 「非常においしかった。さっぽろのラーメン好きが脱サラしてオープンした店である。醤油ラーメンを食べたが、薄っすらとしたラードに覆われた透き通ったスープは,丸みと深みの有る最高の味だった」 「メンも具もとてもうまかった。後味もよい。チャーシュウも柔らかくて風味があり札幌ラーメンのこれからの一つの指標となる味である.店の人の気配りと情熱が感じられる」 ランク・・堂々の推薦
通信ー9 置き去りにされた客 一日の仕事が終わりゴミを片付けに行きました。道路の真ん中で人が寝ています。酔っ払いを投げ捨ててタクシーが逃げ去ったのです。 何とか店まで運び交番に連絡しました。警察の方はとてもよい方でした。抱えるようにやさしく介抱しパトカーに乗せました。 「いいかい、ヘタをしたら凍死するか車にひかれたところなんだよ。お礼に必ずラーメンを食べにくるんだよ」 万引きした子 「君、奥で話しましょう」と店員のkさんが少年に声をかけた途端、その子は一目散に逃げ去りました。 奥座敷は社員の着替え室にもなっています。少年はkさんのバックから財布をぬきとったのです。 見張り役の連れの少年は逃げ遅れ、その子から盗んだ子の身元がわかりました。 警察に届けるかどうか考えましたが、捕まえた子に話をしました。 盗みが良くない事をじっくり話し、逃げた友達を説得しお金を返しに来る様に説得しました。 翌日二人は全額を戻しに来ました。一人はそのあと店でアルバイトをするようになつたのです。
通信8−天職を捜し求めた転職 13回転職し、うち違う仕事は7職種あります。「青春という名の詩」に随分勇気付けられました。 「人から神から美・希望・喜悦・勇気・力の霊感を受ける限り君は若い」 「青春とは人生の有る期間ではなく、心の持ち方をいう」 「人の胸には驚異に惹かれる心、幼子のような未知への探究心、人生への興味の歓喜がある」 このころは商売に夢中でした。まったく初めての仕事です。でも心の中には、生涯をかけた天職をいつか見つける気持ちでした。
地価日本一、銀座のラーメン 札幌から転勤し、銀座の事務所で二年ほど働いていました。ハンカチ一枚の広さで一千万円もするというバブルの最盛期でした。 それでもラーメンの値段は500円前後です。共楽とか百番という店によく行きました。中華ソバというだけあって、煮干やコンブだしのきいた風味の有るスープです。 一杯一万円のラーメンもありました。フカヒレ、ツバメの巣、干しアワビなど豪華そのものですが、メニュー表を見ただけです
通信8号ー1994.6 マスターのチョツトいい話 商売を始めて初のGWです。休憩も食事も取れない忙しさです。ありがたい思いで一杯です。 「子供達と小樽に行ってきたんだ。小樽はうまいものが多いから、すしか郷土料理でも食べるかつて聞いたんだ。ところがここのラーメンを食べたいっていうんだよ」 温泉の帰りに寄ったとか、動物園や行楽地からまつすぐ来たという方もたくさんいらっしゃいました。 わざわざ当店まで戻ってきてくれたのです。感激で一杯でした。 息子二人と友人母子が手伝ってくれました。
通信7 子供に学び、共に育みあってー笠原紀久恵さん 「ヨシタカという子がいます。彼は虫が大好きです。毛虫を一杯持ってきます。”きれいだろう。太陽の光を当てると女の人のオーバーみたいにきれいだよ”」というんです。 オニグモを筆箱に入れて飼っています。”小さくてまん丸でメンコイナ”とはしゃぎます。 自分が先入観で嫌っていたものが、本当はステキないきものであることを、私はヨシタカ君から教えられました。 ラーメン小話6は、岐阜多治見の信濃屋です。
通信7−ラーメンの配達 足腰の痛みで歩けない方がいました。市営住宅の5階に住んでいます。エレベーターはありません。 その方にお願いされ出前を始めました。そのうちラーメンと一緒に買い物を届けるようになりました。 暫らくお付き合いが続きましたが、あるときから注文がとだえました。入院されたのです。
黒磯のラーメン 別荘販売会社の経営をしていたことがあります。場所は栃木の黒磯です。 その黒磯には一軒おいしいラーメン店がありました。郊外にあるその店は看板もノレンもありません。 縁側から上がって茶の間に座ります。醤油ラーメンと焼きそばしかない店でした。 あっさりしているけれどコクがあります。シンプルな昔風ラーメンでした。
通信5−モノの見方と考え方ー土屋公三師 転職を何度も繰り返し、37歳で入社した土屋ホーム。その土屋社長から教えていただいたことは、わたしの生涯の財産になりました。 「運命とは、命を運ぶと書きます。つまり自分で自分の人生を運んでくることができるのです」 「では人生をどう変えるか、それはものの見方・考え方を変えることだ」 私は学んだ事をベースにその後十数冊の本を書きました。あれから26年、今この教えを全国に広げる段取りを始めました。
通信5の付録 流行る店 今はFCから外れました。最も、もう本部も本店も、加盟店まで全部なくなってしまいました。 フランチャイズに加盟していた時は、スープなど全て本部から買います。当然味は同じです。 しかしなぜか私の店だけが超繁盛店です。ここに大事なノウハウがあるのです。
通信5−お客様を並ばせる 椅子席だけにして、それも数を少なくして、いかにも込んでいるように見せかける店がラーメン店では少なくありません。 時間がかかったり半額にしかならないから、子供はダメという店まであります。 他人の食べたドンブリを渡してから座れという店もあります。店主がバクバクとタバコを吸いながら,店内禁煙という店もあります。 カバン、コート、傘などを置くところが無い店も多いのです。 私の店は小上がり中心です。ゆったりくつろいで頂くためです。子供さんや赤ちゃん連れでも大丈夫です。荷物も置けます。 それが週末は行列ができます。加盟しているFCの本店やほかの加盟店は忙しく無いから、そこには何か秘密があるのです。
通信5 大のラーメンフアン加藤さん 「ラーメン・マイベスト93店」の著者が店にこられました。これまでに250店を食べ歩いたそうです(今ではおそらく1500店舗は超えています) 札幌全店、道内全域、秘境のラーメン店などこの道の通が店にこられます。 遂にこのかたがたと、ラーメン愛好会を結成しました。私は全国のラーメンをほとんど食べています。社員教育で全国を回ったおかげです。
通信6感動の再会 車椅子の歌手、滝沢照美夫妻が店に来て歌ってくれました。 二人は互いに離婚を経験し、子供との生き別れ、交通事故、貧困、アルコール依存などの苦しさを乗り越え、22歳の年齢差を克服して再婚しました。 店は感動的な歌が響きわたり、多くの人に生きる事の素晴らしさや愛する事の美しさを感じていただきました。 ラーメン小話6は、神奈川のカッパ大王です 友がやってくる 店のおかげで、旧友がやってくるようになりました。名寄市から毎月のようにやってくる大学時代の親友がいます。 自分の勤め先の工場で店のチラシを配ってくれたのは高校時代の親友です。シドニーから駆けつけた友もいます。 ただ残念ながら店が忙しくてゆっくり話せないのです。
通信4 サービス 店には中高生がよく来ます。10代のころ私はいくら食べてもおなかがすいてなりませんでした。だから彼らについライスをサービスします。 ある日、6年生の男の子が5人来ましたが、一人だけお金が無くておにぎりを一個注文しました。 ライスサービスをその子だけはずすわけにはいきません。彼は、おにぎりをおかずにライスをおいしそうに食べました。
1993年度のマスコミの紹介 9月16日 店のオープン 10月19日 HBCラジオ 10月21日ラジオに三回紹介 11月5日 タウン情報二紙 11月16日 北海道新聞 11月17日 STVテレビ 11月23日 タウン誌四誌 12月1日 雑誌「財界札幌」 12月17日 「さっぽろラーメン味100選」 12月25日 雑誌「イエローページ」 全て広告ではなく、記事として紹介されました。
通信4 悲しい時、なけた時、自分が自分ですよー行徳哲男さん 私たちはいろんなとらわれの中で生きています。そして、自分の殻で自分が見えなくなってしまったんです。 なぜあるがままに帰らないんです。悲しい時、泣けた時、じぶんが自分です。 頭で人は動きませんし、どんなに正しいことを言ったって人は動きません。 人を感じさせなかったら人は動か無いんです。 トキメキや感動を持つと、モノが鮮やかに見えてきて、肩の力が抜け、本当の力が出てきます。
通信4から 酵素塩 市販の塩は塩化ナトリウムで、ピリリという辛さがあるだけで、ミネラルは含まれていません。 店の塩は、カルシウム、カリウム、マグネシウム、鉄分、ナトリウムが含まれた天日塩です。 波動法製造で酵素化した塩ですから栄養の吸収力も良いのです。 塩ラーメンを食べると元気が出てきます。 ラーメン小話その4は喜多方ラーメンの紹介です
通信3−2 ある朝、その子が全盲だということに気づいたのです。 彼は、母が抱いている妹の靴をさわっています。”これなあに”とクツのリボンを不思議がっています。 目が見えない少年にとって飾りの意味がわからないのです。 それから私は気をつけて彼の様子を見ます。 その日、少年は母の定期いれを触っています。湘南バス、江ノ電、JRと三枚の定期です。 それを触りながら、彼は、「おじさんの声が聞こえる」とか「音楽が聞こえる」といいます。 「なに馬鹿な事を行っているの」と母。 注意深く見ると、おじさんの声は江ノ電、女性の声はバス,音楽はJRの定期です。 ホンのわずかな厚みの違いから、定期件の違いを感じ取っていたのです。
通信3 サラリーマン時代湘南に住んでいたことがあります。いつも同じ列車に幼子と一年生くらいの子供をつれた母子が乗ります。 列車は大変な混みようです。いくら英才教育とはいえ、今から通勤地獄とはひど過ぎると思ってみていました。 勿論席を譲る人などダレもいません。 ある日私は気づきました。横浜の名門校に通わせていると思っていたのですが、まったくの誤解でした。 (以下は次号で)
通信3 一度に二杯以上食べる方が少なくありません。それもスープまで全部飲み干します。 開店して4ヶ月たちました。一日200食ペースの売り上げが続いています。誰が来ても不思議がります。 FC本部の売り上げをはるかにしのぎます。潜在能力を駆使している事が理解できないのでしょう。 まったく無名で経験ゼロの店が、開店から超繁盛店です。でもこれが前職の時に土屋社長から教えていただいたノウハウです。 残念ながら公開することはありません。 ラーメン小話3は鹿児島ラーメンです
通信3 1 コクと深みの有る本格スープ。継ぎ足しや業務用スープを使わず2 4時間煮込んだうまさ。 2 コシの強い少加水メン(これは後にまったく別タイプのメンにかわ ります) 3 化学調味料やラードを控えて体に優しいラーメン 4 柔らかいチャーシュー(これも後にもっとおいしいものに変わりま す) 5 醤油ダレは肉果汁と野菜のうまさを引き出した他に無い味 6 塩ダレは天然の酵素塩
通信2号 店の味は旭川 ラーメンの味です。前職では社員教育の仕事をしていて全国を回りました。 ですからほとんどのご当地 ラーメンは食べています。そしてわたしがいきついたのは、旭川 ラーメンでした。 カウンターで食べたお客様がある日次のように言いました。 ”私は大の ラーメン党で、結局は旭川 ラーメンに行きついた。用事も無いのにわざわざ月に二、三度も旭川に行くんだ。 一杯一万円近い ラーメンを食べていたんだが、これで旭川まで行かなくて済んだ” ラーメン小話は博多の長浜 ラーメンを紹介しています そのままの自分に100点満点
人間はだれでも欠点がある その欠点を見て自分に40点をつけると
40点のような気分になって 40点の行動をするから
40点の人生を送ってしまう
自分は40点だと思い込んでいると
いくら努力をしても 40点を50点にすることは不可能だ
自分に100点満点をつけよう
自分は40点だな と思っていても
無理をして100点満点をつけていると
自然に自分の古い殻が破れて
新しい自分が生まれてくる
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