通信3
サラリーマン時代湘南に住んでいたことがあります。いつも同じ列車に幼子と一年生くらいの子供をつれた母子が乗ります。
列車は大変な混みようです。いくら英才教育とはいえ、今から通勤地獄とはひど過ぎると思ってみていました。
勿論席を譲る人などダレもいません。
ある日私は気づきました。横浜の名門校に通わせていると思っていたのですが、まったくの誤解でした。
(以下は次号で)
通信3
一度に二杯以上食べる方が少なくありません。それもスープまで全部飲み干します。
開店して4ヶ月たちました。一日200食ペースの売り上げが続いています。誰が来ても不思議がります。
FC本部の売り上げをはるかにしのぎます。潜在能力を駆使している事が理解できないのでしょう。
まったく無名で経験ゼロの店が、開店から超繁盛店です。でもこれが前職の時に土屋社長から教えていただいたノウハウです。
残念ながら公開することはありません。
ラーメン小話3は鹿児島ラーメンです
通信3
1 コクと深みの有る本格スープ。継ぎ足しや業務用スープを使わず2 4時間煮込んだうまさ。
2 コシの強い少加水メン(これは後にまったく別タイプのメンにかわ ります)
3 化学調味料やラードを控えて体に優しいラーメン
4 柔らかいチャーシュー(これも後にもっとおいしいものに変わりま す)
5 醤油ダレは肉果汁と野菜のうまさを引き出した他に無い味
6 塩ダレは天然の酵素塩
通信2号
店の味は旭川
ラーメンの味です。前職では社員教育の仕事をしていて全国を回りました。
ですからほとんどのご当地
ラーメンは食べています。そしてわたしがいきついたのは、旭川
ラーメンでした。
カウンターで食べたお客様がある日次のように言いました。
”私は大の
ラーメン党で、結局は旭川
ラーメンに行きついた。用事も無いのにわざわざ月に二、三度も旭川に行くんだ。
一杯一万円近い
ラーメンを食べていたんだが、これで旭川まで行かなくて済んだ”
ラーメン小話は博多の長浜
ラーメンを紹介しています
そのままの自分に100点満点
人間はだれでも欠点がある その欠点を見て自分に40点をつけると
40点のような気分になって 40点の行動をするから
40点の人生を送ってしまう
自分は40点だと思い込んでいると
いくら努力をしても 40点を50点にすることは不可能だ
自分に100点満点をつけよう
自分は40点だな と思っていても
無理をして100点満点をつけていると
自然に自分の古い殻が破れて
新しい自分が生まれてくる
通信は、1993年11月から発行しました。今月で165号です。
第一号より
先日、お孫さんを連れたご夫人が見せにこられました。足と言葉が不自由な方でした。食べ終わり私を手招きし、ドンブリの中を見て、というしぐさをしました。
もしかして髪の毛とかゴミが入っていたのでは、とあわてて駆けつけました。中を見ました。
まったくのカラでした。
”おばあちやんは、体に良くないからっていつもはツユをほとんど飲まないの。おじさん見て、それなのに全部飲んだのよ、それほどおいしかったといいたかったんだよ、ねえ、おばあちゃん”
おばあちゃんは大きくうなずきニッコリ微笑みました。
ラーメン小話では、熊本の桂花
ラーメンを取り上げています。
商売を始めたら通信を発行したい、と思っていました。ラーメンのことだけではなく、心身の健康についても考えたいと思ったのです。
おいしい料理も、体の具合が悪かったり、心に悩みがあればおいしく感じないからです。
心と心が通い合う感動的なお話を少しでも伝えていきたい、それが商売の目的でもありました。
幸せのかくし味 ーー かとうみちこ
辛いお塩は おいしいおしるこのかくしあじ
からい くるしみ かなしみ そして わかれ
みいんな いあわせのかくしあじ
ひとふり ふたふり ほら!
しあわせが とっても おいしくなったでしょ
1993年9月16日に、まったく突然
ラーメン店をオープンしました。13回目の転職でした。これまでに
飲食の経験はありませんから、名前ばかりの
フランチャイズに加盟しました。
9月5日に賃貸契約をし、わずか10間で店を開店したのです。銀行は半年でつぶれる、もって1年だといい、融資を断りました。最もな話です。
その銀行が先につぶれるくらい、
経営は難しい時代です。しかし私には”
成功哲学”という大きな財産がありました。
かって勤めていた
土屋ホームの社長から頂いた、貴重な宝です。
この
成功哲学のおかげで、店は半年でつぶれるどころか、開店の年から超繁盛店になっていったのです。
次回から、
ラーメン物語というより成功物語をお伝えしてまいります。
本日からラーメンのおいしいお話と、ラーメン店を持ちたい方の耳寄り情報をお届けします。